後生の一大事

蓮如さんのご教化は、一言でいえば「後生(ごしょう)の一大事」である。あしかけ四年ほどの吉崎滞在であったが、生きることの意味、死ぬことの意味を当時の民衆に、後生の一大事として懇切に示して下さった。そのご勧化の足跡(そくせき)は今にいたるまで語られている。そして、越前・加賀の門徒は蓮如上人を親しみをこめて蓮如さんとお呼びする。春の風物詩でもある「蓮如さんおかえり」として偲んできたのが越前・吉崎の歴史であった(過去形)。
いま、ここで、そのような門徒の一人であった前川五郎松翁の『一息が仏力さま』の一節を挙げておく。

仏法は世法ではない。世渡り、道徳、義理、人情の(おしえ)ではない。
後生(ごしょう)の一大事」を教えてくださる。この後生(ごしょう)ということが、この頃の人にはピンとこぬらしい。これは生死(しょうじ)の問題ということである。
うらは自分の死が問題になって、お米かついで聴聞に歩いた 1。死を恐れる、死をのがれたい、この問題を解決せぬと生きていくわけにはいかなんだ。
 何が一大事といっても、この生死の問題よりほかに一大事はないであろう。
仏法はこの「死」を明らかにしてくださる。それは「死に答えうるだけの生を見開くためである」 2と仰せられる。
 みんなは「死」を思わぬよう。考えぬようにして暮らしているが、そんな態度では、現在が明るくなるはずがない。

死にたくないが死なねばならぬ、死なねばならぬが死にたくない──これは一体何だろうか?

うらの一息が、うらのものでなかった、なむあみだぶつ。

うらも九十になった。まだ今も息が出這入(で は い)りしてござる。九十の間には苦しいことも、面白いことも、楽しいこともあった。苦しいときは、損をして腹の立ったとき、楽しいときは、ひと様からいいがにせられて 3お金の儲かったとき。
いまはもうお金もだんだん必要ではなくなってきた、それは使うことがなくなってきたからじゃ。
急いで死にたくもなし、そうかといって長生きして苦しむのはいやじゃ。なかなかぜいたくな爺々(じじい)じゃ。

Notes:

  1. 当時は米は貨幣の役割も果たしていたが、幾日も同行の家々を訪ねてご法義談義をするので、自分の食料を自前で確保して同行に負担をかけないのが慣わしだった。
  2. これは、五郎松っあんが師事していた大谷派の池田勇諦師の言葉であろう。婆ちゃんも慕っていたのだが、池田勇諦さんらしい言葉である。
  3. 良いように思ってもらってという加賀や越前での方言。文脈を正確に読まないと、馬鹿にされるという意味も内包しているので難しい表現ではある。

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